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レバ刺しを食わせろ

思ったことを間違ったまま書いている

それはいらない 4

彼女はトーストを食べていた。自転車に乗りながら。
こんがりと焼かれた食パンに、今にもこぼれ落ちそうなほど塗りたくられたバターが食欲をそそる。彼女はそれはもう優雅に食べていた。
辺りにはトーストのおいしそうなその匂いに包まれそうだ。そういえばトーストなんて、いや、朝食すらしばらく食べていなかったことに気づく。


いや、そういうことじゃない。
彼女はなぜ、トーストを食べるのか。自転車に乗りながら。
菓子パンならOKか?じゃあ、どこまでがボーダーラインなのだろう?でも食パンはないような気がする。おにぎりならOKで、茶碗に盛ったご飯と同じようなものか?
そんな私の思いをよそに彼女は食べ続けている。時折、風でめくりあがりそうなスカートを気にする余裕すらある。

 

翌日も彼女は自転車に乗っていた。しかし、トーストは食べていなかった。
その次の日も彼女は自転車に乗っていた。この日もトーストは食べていなかった。やはり、彼女の中でも「トーストはおかしい」という結論に至ったのか。
と思ったら、次の日はトーストを食べていた。「私は何と言われようと食べ続ける!」という気持ちの変化だろうか。
翌日、彼女はトーストを食べていなかった。

 

週が明けた時、彼女は現れなかった。「今日は食べている方に賭ける」と思っていたが、肩すかしになってしまった。

その日は週明けからの仕事が重なり、とても忙しかった。時計を見るともう終電も近い。なぜ、仕事は重なってしまうのか。もっとバランスよく分散されたらとても楽なのに、なんて思いながら帰り道を歩き、信号待ちをしていると、隣りに例の彼女が立っていた。
もちろん夜なのでトーストは食べていない。思わずじっと見てしまったので目が合ってしまった。彼女は少し微笑んだような気がした。彼女も、もしかしたら、ほぼ毎日会う私を少なからず覚えてくれているのかも知れない。そう思ったとたん、私はあろうことか、話しかけてしまった。

 

「あの、食べてましたよね?」
「えっ?」
彼女にとっては寝耳に水である。いや、彼女にとっては朝、自転車に乗りながらトーストを食べるというのは習慣になっているかもしれないから、何のことを言われているのか全く理解できないのかも知れない。

 

「あ、いや、ごめんなさい、あの、朝、自転車に乗りながら、トーストを食べていたのを見たんです。すみません」
「えっ、ああ」
彼女も返答に困っていたのだろう。逆だとしてもどう答えたらいいのかわからない。

 

「あの、とてもおいしそうだったもので、次の日、思わず、朝、トーストを食べたんです」
「なんか、恥ずかしい」
そう言って、彼女は笑ってくれた。
しかし、今恥ずかしいと思ったということは、やはり普段自転車に乗りながらトーストを食べる行為は彼女にとってはスタンダードなことなのだろうか。もしくは、私の方がおかしいのだろうか。

 

「急いでらしたんですか?」私は聞いてみた。
「いや、そういうわけではないん、ですけど」
「じゃあ……」

そう言った途端、信号が変わり、しばらくは彼女と並列で歩いたが、帰り道が違うので、軽く会釈をして別れてしまった。

 

謎が残る。私の中はモヤモヤでいっぱいになった。彼女はなぜ、トーストを食べながら、自転車に乗るのか。今日の私のことで、次の日からルートを変えられたりしないだろうか。彼女に嫌われただろうか。
そうか、私はトーストを通じて、彼女のことが気になっていたのだ。こんな感情は自分の年齢的にも考えて思っても見なかったことである。明日の朝、彼女は現れるだろうか。もうトーストなんてどうでもいい。

 

次の日の朝、彼女は現れた。トーストは食べていなかったけど。目が合うと、声にならない声で「おはようございます」と言ってくれた。私も「昨日はすみませんでした」と言ってお互いそこからはだまったままになってしまった。

次の日も、そのまた次の日も、同じように挨拶をするだけの関係になった。もちろんそれだけでも嬉しいのだが、私の欲求としてはもう少し仲良くなりたい。日に日に気持ちが高まっていった。

 

またあの日の様に、夜偶然会うことはできないだろうか。夜なら、少しお茶でも飲みませんかと誘うことができるのに。彼女が現れるまで、夜、待ってみようか。いや、そこまでの気力もないし、まるでストーカーじゃないか。
ここはまた、偶然会う日が来るかは分からないが、楽しみに待っていよう。そして会えたら、もう少し話しをしてみよう。
しばらくなかった淡い感情に胸を躍らせながら、これからしばらくは毎日を迎えることが出来る。そう思えるだけでも今になっては貴重なことなんだろう、と思いながら、私はこの日も帰路に向かった。その時の私は少し微笑んでいたのかも知れない。


そういえば、彼女、夜会った時、焼肉の匂いがしたな。

 

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