レバ刺しを食わせろ

思ったことを間違ったまま書いている

それはいらない 2

大通りから少し北へ小さな通りを行ったところに、その古びた中華料理店がある。
僕はそこの餃子が好きで、食べたくなってはいつも彼女を誘って行っていた。今日もそんな日だった。
僕らはカウンターに座り、僕らにとってはお馴染みの、餃子定食を頼んだ。
「餃子定食、僕は20個ね。」
「ワタシは12個。」
お世辞にも愛想の良い、店の親父さんと女将さんではない。
「はいよ。」とどちらかが言うと、そのまま黙々と餃子を包み、焼きはじめるのだ。今日は幸いなのか、時間帯がそうなのか、客が僕と彼女だけになっているけど、他の客がいたら、2人ともずっと餃子を包んで焼いている。
間もなくして僕と彼女の前にご飯とスープと、餃子が無造作とも言うべく置かれる。
ここの餃子は一般的な大きさでなく、俗にいう一口餃子。モチモチとした皮に、肉より野菜が多めの具が、いくらでも食べられそうな勢いである。小皿に店特製の味噌だれと、同じ量のラー油を入れて、ご飯に乗せて食べる。僕の先輩に教えてもらった食べ方だ。普通の餃子よりラー油を多く入れるので、辛さが随分引き立つのだが、それがここの食べ方、というべきかな。僕と彼女はそうやってずっと食べてきた。
「よし!」
彼女は腕時計を外し、カウンターに置いて食べ始める。どこへ食べに行っても、彼女は食べる前に儀式とも言うべき腕時計を外すのだ。忘れやしないか、と最初は心配していたのだが、未だかつて忘れたことなどないという。それを見てか、僕もいつも間にか彼女の真似をして時計を外すようになった。「食べる!」というスイッチを入れるような、そんな気がしていた。2人の時計はいつの記念だったか忘れたけど、お揃いでと買った同じブランドの腕時計だ。
僕と彼女は黙々と食べ始める。僕は少々熱いのが苦手なのだが、ここの餃子だけは別だ。アツアツのまま、ご飯と一緒にかき込む。今日は、舌をやけどしても良い日だ。そう決めていた。
店内には僕らが食べる音と、テレビの音だけが響いていた。

彼女が先に食べ終わり、僕も食べ終わろうかというその時、彼女が沈黙を破るように話しかけてきた。
「美味しかった。あのね、別れよっか。」
美味しかったの次に来る言葉があまりにも意表をつかれたからか、最初は何を言われているのか分からなかった。
「なんかね、別れたくなったの。ごめんね。」
僕は36で彼女は33歳。突然の別れ話だったが、年のせいなのか自分の性格のせいなのか、「えっ」としか言えなかった。
「特に理由はないの、別れることに。でも別れたいって思ったの」
「そう……」
「今は、いつも帰りのこの駅で降りて、ここで餃子定食食べられなくなることが一番後悔しそう。」
何を言えばいいのか分からない。
あと、10年、いやあと5年若かったら、彼女を必死で引き留めただろうか。そんなことしか考えられてない。
「じゃあね、またいつか会うかもね」
彼女はそう言って席を立ち、帰ってしまった。

しばらく僕はその場を動かなかった。
店の親父さんと女将さんも間違いなく聞こえていたのだろうが、普段通り後片付けをしている。

特に悲しいわけではない。寂しい気持ちはあるが、なんとなく、いつかこんな日が来ることはわかっていた。
「ビール飲む?」
ほとんど話したこともない女将さんがいきなり声をかけてきた。
よほど気の毒に思ったのだろうか、早く店じまいしたかったのだろうか。
「じゃあ1杯だけ。」
とグラスに注がれたビールを一口、飲んだ。

「なんか、すみません」
そう言って僕も席を立ち、会計を済ませ店を出た。
なんか来づらくなるな。そう思って僕は彼女が忘れていった腕時計を届けに彼女の家に向かった。

 

 

餃子

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キミは餃子 feat. 高宮マキ

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